ベルリンでひきこもり

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10日間でポーランド1周 | 中世都市トルンの街歩き

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ポーランド旅行3日目。
早朝にグダニスクを出発し、中世の面影を残す世界遺産の街・トルンへ向かいます。
目的はおもに街歩きと、プラネタリウムです。

トルンのこと

グダニスクから南へ170kmに位置するトルン。
地理的に近いこともあり、トルンもまたグダニスクと同じく、ドイツ領とポーランド領を行き来してきた歴史があります。

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トルン旧市街に隣接するドイツ騎士団の城塞跡。

共に似通った歴史を歩んできたトルンとグダニスクですが、ひとつ大きな違いがあります。
それは、ここトルンは第二次世界大戦でほとんど被害を受けなかったこと。その街並みは今も中世の面影を留めています。

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トルンの街歩き

中世からの街並みを留めるトルンは、さながら街全体が建築の博物館のようです。
街のいたるところでさまざまな年代の様式の建物を見つけることができます。

ゴシックからルネサンス、マニエリスムまで

現在の場所にトルンの街が築かれたのは1233年のこと。もともとトルンはヴィスワ川沿いの別の場所にありましたが、たびたび洪水の被害に遭うため、当時トルンを支配していたドイツ騎士団によって今の場所へと移されたと言われています。
街の機能の中核をなす建物は、この13世紀から14世紀の間に作られました。

城壁 Średniowieczne Mury Obronne

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ヴィスワ川沿いに旧市街の南側に今も残る城壁は、13世紀のもの。
門にはそれぞれ用途に応じた名前がつけられています。写真のBridge Gateからは、ヴィスワ川にかかる全長700mもの橋が伸びていました。

また、今では旧市街地の中にはほとんど城壁は残されていませんが、城壁に付属していた監視塔の建物はしっかりと残っています。

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奥に見えるのは監視塔のひとつ、Cat's Head Tower。

旧市街地に残る監視塔についてはこちらにまとめられていますので、監視塔を頼りにかつての城壁をたどってみるのも楽しいかも。

www.visittorun.pl

聖ヨハネ大聖堂と聖母マリア被昇天教会 Katedra śś. Janów & Kościoł NMP

トルンを代表する2つの教会が、聖ヨハネ大聖堂と聖母マリア被昇天教会です。
どちらもレンガ造りのゴシック建築で、13世紀に建築が始まりました。

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聖ヨハネ大聖堂の身廊。聖ヨハネ大聖堂は1260年に着工されてから、完成までに200年もの年月を要したそうです。

ポーランドではとりわけレンガ造りの建物が目立ちますが、これはバルト海周辺の地域では建築に適した石材が手に入らないため。
ステンドグラスの光あふれる石造りのゴシック建築と比べると、レンガ造りのゴシック建築は窓も小さく、彫刻などの装飾もあまり見られませんが、そのかわりフレスコ画や祭壇が教会内部を彩ります。

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続いて祭壇前にあるアーチが特徴的な聖母マリア被昇天教会。

聖ヨハネ大聖堂よりも早く14世紀後半に完成したこの聖母マリア被昇天教会の身廊は、高さ27mにも達します。これは当時の中央ヨーロッパでは最も高い身廊で、グダニスクの聖母マリア教会や、ここトルンの聖ヨハネ大聖堂の増築に影響を与えたと言われています。

旧市庁舎 Ratusz Staromiejski

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その歴史を1274年にまで遡る旧市庁舎は、街のシンボルとして幾度も手を加えられてきました。
高さ40mの塔が完成したのは1385年。1430年ころには尖塔が付け足され、1603年から翌年にかけては大規模な増改築とともに当時流行のマニエリスム様式の装飾が施されました。
18世紀初頭の大北方戦争ではスウェーデン軍の攻撃による火災で2階より上のフロアの内装は大きな被害を受けましたが、その後15年にもわたって修復が行われます。このときに後期バロック様式の天井や、寄木細工の扉などが付け加えられました。

その時々の最先端の装飾を加えながら使い続けられてきた旧市庁舎には、トルンの長い歴史が詰め込まれているようです。

バロック以降


This photo of Torun is courtesy of TripAdvisor

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By NeonFor (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

装飾の施されたファサードが美しいこれらの建物は、バロック様式のものです。
街の歴史の当初から、ヴィスワ川の水運を利用した交易の拠点として栄えたトルンですが、18世紀からは大北方戦争とポーランド分割という受難の時代に突入します。それに伴うように、トルン市街にはかつてのように壮麗な建築物が建てられることは少なくなっていきました。

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By NeonFor (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

こちらは19世紀終わり頃に建てられたネオゴシック様式の聖カタリナ教会。時代を経てもポーランドの建物にはやはりレンガが欠かせません。

トルンの斜塔 Krzywa Wieża

さて、旧市街を城壁沿いに歩いていくと…

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南西の端には斜めに傾いた塔があります。

写真ではわかりづらいかもしれませんが、塔の上部は接地部分より1.5mほど道路側に傾いています。

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この塔も13世紀に城壁とともに建てられたもの。もともとの役目は町の防衛のための監視塔でしたが、その後は監獄に。グダニスクでも同じような話を聞いたような気がしますが、これがスタンダードなリサイクル手段だったんでしょう。
今ではおみやげ屋さんになっています。
中に入ると傾いた壁のおかげでなんとも不思議な感覚を味わえます。

このあたりで街歩きは一旦終了して、プラネタリウムなどは次のエントリにて続きます。↓

www.tabbie-cat.net