ベルリンでひきこもり

毎日ベルリンでひきこもり。ときどき旅にでかけます。

「イギリスの料理がまずいと言う人間は、自らが貧乏人だと晒しているようなもの」

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タイトルのような意見を聞いたことがあります。
イギリスで料理がまずいと言われるのは、そう評する人間が程度の低いレストランにしか行ったことがないから。
金さえ出せばイギリスでもおいしいものはいくらでも見つけられる、と。

私はイギリス料理が大好きです。とはいえ、イギリス滞在中に高級なものを食べたことはほとんどありません。毎週日曜日、サンデーローストを食べにパブに向かうのが精一杯の贅沢といったところです。

「イギリスの料理がうまいという人間は、自らの貧乏舌を晒しているようなもの」

こちらのような意見もありましたので、たぶん私は貧乏舌のほうなのでしょう。

しかし、イギリスは決して食の墓場ではありません。
冒頭のサンデーローストの、口の中でほろほろと柔らかくほどけるように調理されたラム肉。
グースファットを絡めながら丁寧に焼き上げたローストポテト。外側のカリカリ感と中のホクホク感は芸術的とも言えるバランスです。
そして肉のうまみが凝縮されたグレイビーソースを香ばしいヨークシャープディングに絡めて食べる瞬間はまさに至福!
そう、これらは紛れもないイギリス料理なのです。

さあ、イギリス料理を批判する前に、イギリスの食の概念を整理してみましょう。日本人の考える食の概念を捨ててみれば、イギリス料理は意外と悪くないかも...と思える、かも、しれません。 保証はありませんが。

「料理」の概念の違い

日本語の「料理する」という言葉は、食材を加工し、調味し、少し大げさに言ってみれば、ひとつの作品として完成させるところまでを指します。
一方、英語の”cook”という単語は、日本語の「料理」ほど完成された状態を表しません。 Cambridge English Dictionary先生にその意味を尋ねてみましょう。

When you cook food, you prepare it to be eaten by heating it in a particular way, such as baking or boiling, and when food cooks, it is heated until it is ready to eat:

引用元:http://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/cook

「お腹をこわさないように火を通す」とりあえずここまでです。
そう、味付けは"cook"の概念には含まれていません。

この「料理」に対する概念の違いを念頭に置いておかないと、

「料理が出てきたぞ、いただきまーす」
 ↓
パクッ
 ↓
「あ、味がしない! まずい!!」

というありがちな悲劇が起こります。
ハンバーガーなどの一見完成された料理でも、ソースを足すことを前提に極力薄く味付けがされていたりしますので、余計に混乱を引き起こします。

日本では自分の好みで調味料や香辛料を足すのは料理した人に失礼なこと、マナー違反と考える方もいるようですが、イギリスではそのような常識は一片の躊躇なく捨ててください。イギリスの料理人たちは、あなたがあなた好みの味付けで食べるのが一番と考えているのです。とても思いやりがありますね。

得意分野が違う

味付けにこだわりはありませんが、調理方法にはそれなりにこだわりがあります。
”Roast”・”Grill”・”Fry”・”Broil”・”Braise”など、火の通し方を表す単語は豊富です。
ローストビーフ、フィッシュアンドチップスなど、イギリス料理の中でも素材を活かしたシンプルな料理は許す、という意見がわりとよく見られるのも、この「火の通し方」に重点を置いた料理だからかと思われます。
日本人とは得意分野が違うのだと、素直に受け入れましょう。

「OK」のハードルが低い

イギリスの料理がまずいと言われるのは、イギリス人の舌が考えられないくらい鈍感に出来ているから、というわけではありません。一応、イギリス人も「おいしい」「まずい」の区別くらいはつきます。しかし、「OK」「NG」の判定基準が日本人とは違います。

日本人にとっての食べ物の「OK」ラインは、「味に深みがあり、食べ飽きない」「濃すぎず、薄すぎず、丁度よい味付けであること」と、味に関する条件が大きなウェイトを占めます。
それに対してイギリス人にとっての「OK」ラインとは、「ちゃんと火が通っていること」「温かい状態でサーブされること」と、「そもそもこれは食べて安全なものか」という食べ物としての最低ラインのことを示します。これらは日本人にとっては料理としてまずクリアーしていて当たり前で、わざわざ条件にあげるまでもないものです。

イギリス人たちはこの条件がクリアーされていれば、割と平気で完食してしまいます。味付けは自分好みにするのが当たり前ですからね。
そんなわけで、日本人からするとありえないレベルのまずい料理や製品が生き残ってしまうこともあるのです。

サピア=ウォーフ仮説

Tripadvisorなどのレビューを読んでみると、イギリス人たちの味に対する描写は本当にあっさりしています。
「フレッシュだった」「ラムとアスパラガスが最高」「デリシャス」など、「おいしいのかおいしくないのか」「何がおいしかったか」は表現しますが、どのようにおいしかったのか、どうしておいしく感じたのかを説明することはほとんどありません。

それに比べれば日本人の味に対する描写力は段違いに詳細で、素人ですらイギリスの評論家レベルです。

  • 主役の白子とウニの濃厚な味わいを、昆布の効いた出汁とほんのり香る柚子がすっきりとまとめ上げて上品な味わいに...
  • メインのスズキのグリルはパリッとした皮と、口の中でほどける柔らかさが絶妙。ここに酸味をきかせたソースがさらに繊細さを引き立てて...

こんな感じのレビューは食べログあたりにゴロゴロしています。

さて、このように「おいしい」の表現力の違いは、そのまま味覚の繊細さにリンクしています。
「言語が思考を決定する」そう、サピア=ウォーフ仮説です。
そのため、日本人の考える「おいしい」をイギリス人に理解させようとしても、彼らはそれを認識するための受け皿がない可能性があります。
イギリスにおいて日本人経営の日本食チェーンが現れないのは、日本人が大切にする味付けと香り、食感のハーモニーが、イギリス人には意図通りには受け止めてもらえないからではないかと私は疑っています。

なお、日本人にとっては全く日本食とは認めがたいwasabi、Yo! Sushi、wagamamaなどのイギリスで大手を振っている日本食チェーンはすべて非日本人による経営です。これらのチェーンが成功したのは、彼らが日本人の考える「おいしい」にこだわりがなく、イギリス人の味覚を惹きつける手段を躊躇なく選べるためだと考えられます。

とりあえず私はなんでもおいしく食べられる貧乏舌で幸せです。